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二発目の原爆

久間防衛大臣が、長崎の原爆は仕方がなかった、といったそうだ。原爆投下がなければ、北海道はソ連に占領されていただろう、その身代わりに仕方ないという主旨のようだ。

確かに当時の情勢を考えるとそういう事態もあり得ただろう。北に日本人民共和国、南に民主日本国とか。

そういう考えを日本人の側から言う事に違和感を覚えた。久間さんは長崎もんである。ワタシも長崎もんだが、東京もんより原爆の悲惨さはよく知ってるはず。アメリカにすりよる姿勢に意図的なモノを感じる。

広島の原爆は罪深い。トルーマンは地獄で永遠に苦しむだろう。だが更に罪深いのは長崎の原爆だ。二発目は小倉に落とす予定だったが、雲が厚かったので長崎に落とた。

長崎原爆の悲惨な状況はカメラマン山端庸介さんが撮影している。以前原爆取材についての本を見て気付いたが、カメラマン、映画関係者など初期段階の撮影者には早死にが多い。六十年以上たった今でも入市被爆者が保証を求めて裁判をしている。

ワタシの親とその家族は原爆投下半年後に爆心からそう遠く無い地にバラックを建ててすんだそうだ。そんな残留放射能がありそうな土地に住まなくても良さそうなものだが、そこ以外にゆかりのある地がなかったそうである。たぶん毎日食べるだけで精一杯だったのだろう。

原爆の被爆状況が一定の基準を満たせば、国から被爆者手帳が交付され医療費はただになる。これも持ってない人から見ると妬みのもとである。「あん人は原爆手帳のあるけん、よかばいねー」なんて会話を聞くのはつらい。
母方の親戚は病気がちな人が多い。残留放射能の影響があるかどうかは、現代の医学では判別出来ないだろう。長崎広島にはいまもそういった人がたくさん住んでいる。

長崎の死者は馬鹿トルーマンのせいで犬死したのだろうか?三度目の核爆弾が落ちれば、犬死と言えるし、長崎が最後なら被爆に意味を持たせることが出来るように思う。

なにも「平和憲法を守れ!」とか、共産党みたいなことは言わない。戦後平和でこられたのは、憲法九条より日米安保、核の傘のお陰である。日米同盟は最重要だ。しかし、必要以上にすりよる必要もあるまいに。

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