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ビルマのデモとチベット

ビルマではお坊さんのデモに市民が呼応し、大きな動きとなっている。丸腰で銃剣に立ち向う僧侶・市民にエールを送りたい。

さて、本題はチベットである。49年新中国成立後、チベットを侵略する中国軍と対峙したのは、貧弱な装備のチベット軍。当然勝てるはずもなく、51年屈辱的な17か条協定を結ばされるハメに。その後、抗中ゲリラ組織チュシ・ガンドゥクによる抵抗もあえなく1959年のラサ蜂起に到る。セラ寺・ガン寺・デプン寺のお坊さんや一般市民は当然抵抗したが、中国軍に制圧され指導者ダライ・ラマはインドに亡命。インド・ネパールには中国の支配を嫌うチベット難民13万人が、いまでは静かに暮らしている。チベット亡国より、半世紀余り。難民キャンプは、祖国を知らない二世三世が増えている。

80年代前半の胡耀邦時代、亡命政府と北京政府との間に対話の機運が高まった。亡命政府の代表団が、数次にわたってチベットを訪問するという、今なら考えられない出来事もあった。しかし、89年のラサでの市民蜂起、戒厳令下の大弾圧とチベットは再び冬の時代に入った。18年後の現在、ますます救いのない同化政策が進められている。

因みに当時チベット自治区トップとして弾圧を指揮したのは現在の指導者・胡錦トウ総書記。ラサ蜂起より3か月後の天安門事件当時、上海にて党の規律を優先させ、中共トップに登りつめたのが前任の江沢民氏。中国の指導者の条件は常に、民より党の論理を優先することだ。

以前チベットを旅していた時、よく体制に対する不満を聞いた。いまでもチベット本土でのダライ・ラマ14世に対する思いは強い。私がインドのダラムサラでダライ・ラマを拝見した話しをすると、彼らは目を輝かせる。但し、同時に中共の支配を脱することの困難さも知っている。人民解放軍は強過ぎる。チベット人は半世紀前に敗れ去ったのだ。

またチベットで反体制運動をするのは、ものすごく危険だ。本人だけでなく一族や次世代まで累が及ぶ。お坊さんや尼さんが反体制の声を上げるのは、彼らが独身でしがらみが少ないからだと現地で聞いたことがある。俗人は家族の将来を思うとなかなか動けない。中国というと市場経済も伸び、先進国に近づきつつあると誤解してる方も多いが、人権に関しては北朝鮮と本質は同じ。チベット独立や法輪功など幾つかのテーマは、今でもタブーだ。暗黒社会なのだ。

亡命政府側に対しても疑問がある。ガンジーを敬愛するダライ・ラマ14世は、僧侶という立場からも一貫して非暴力を唱えている。ノーベル平和賞はチベット難民の誇りだ。しかし先細りの現状、半世紀の難民生活に安住してはいないだろうか。

80年代後半、自由を求める東欧の民衆は体制を変えた。プラハの春の苦い経験にも関わらず、再び立ち上がった。

パレスチナでは難民は一貫して強大なイスラエル軍と戦い、常に世界の注目を集めている。

いま、ビルマでは丸腰のお坊さんや市民が圧制に声を上げている。

ダライ・ラマもかなり高齢である。ダライ・ラマ亡きあとは摂政が置かれるはず。中国政府も勝手に後継を選び、意のままに操つろうとするだろう。亡命政府側では青年のカルマパあたりに求心力が集まるのだろうか。

チベット難民の若者のなかには、非暴力主義に不満の者もいるはず。ダライ・ラマのコントロールが効かないぐらいでなければ、チベットには文化的にも政治的にも未来がないように思える。

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